ザリガニの棲む川

ザリガニの棲む川
酒を飲むと決まって思い出す。時代が昭和から平成へと移り変わった年の夏。年号のほかに変わったことは何ひとつなく、空は青く澄んでいた。そして、涙は清流よりも透明で美しかった。
あのころも、少年少女の遊び場はもっぱら公園だった。友人と交わしたのか、交わしていないのか定かではない約束を頼りに、小高い丘のある公園へ、遊具の充実した公園へ、霊園のすぐそばの公園へ。日替わりのように自転車を駆っていた。
当時の子どもに流行していたのは、ハンドルとサドルの間に大きな切り替えレバーが据えられ、後輪の横に折りたたみ式の四角いカゴが装備された自転車。ゴテゴテとした装飾が、とりわけ少年たちの間で持て囃される時代だった。多様なニーズも、ていねいな暮らしも、ミニマリズムもなく、ガサツな右に倣えが当たり前だった。ロケットペンシルみたいに。
北海道に珍しく台風が上陸した。朝からローカル番組の天気予報士が重々しく伝えていたことを覚えている。僕の住む地域にも大雨・暴風警報が発表された。登校時は単なる曇天だったが、次第に雨脚と風が強まってきたことから臨時の職員会議が開かれた。
子どもたちにとって、自習は休み時間と変わらない。最初は「どうしたんだろう」「先生、自習って言ったきり戻ってこないね」と席の周囲でひそひそ話が始まった。けれど、教室内はほどなく体育館と化し、鬼ごっこを筆頭に、流行アニメの技を絶叫する者、黒板にデフォルメされた大便を描く者、そんな男子を金切り声で咎める女子で騒然とした。
教室の扉が開く。教師が戻ってくると、ざわめきはピタリと止んだ。「台風が近づいているから、この後は臨時休校にする」。子どもたちの歓喜の声でクラスの窓ガラスが少し震えたように思う。
下校の段になったころ、アスファルトを鬼のように打ちつけていた雨が、突如として慈愛の心を抱いたかのようにミスト状に姿を変えた。風は未だにやや強く吹いていたが、校門を出るころには晴れ間さえ見え始めた。雲間から差し込むやわらかで直線的な光が、子どもたちの笑顔をまぶしく照らす。
突然の臨時休校だったからか、仲良しのコバジではなく、帰り道は普段グループの違うクラマツとヤッチと一緒になった。幹線道路から霊園前まで続くなだらかな坂道を大した盛り上がりもせずに漫然と、ただ漫然と歩いていた気がする。雲は完全に消え去り、夏の日差しが気まずい3人をジリジリと焼いた。
「晴れてきたし、公園行かない?」
クラマツが唐突に切り出した。ヤッチがうなずいた。帰宅しても特にすべきことがない僕も「うん」と言った。一度自宅へ戻り、ランドセルを置いた代わりに自転車の鍵を持ち出し、公園へ向かってペダルを踏み出す。
3人が約束した場所は、だだっ広い敷地の中に遊具がポツポツと点在する何だか散漫な印象の公園。面白みに欠けるため、子どもの姿はほとんどなかった。最初はブランコやシーソー、回転遊具を一通り楽しんだが、いつも遊んでいるわけではないため、たちまちにして気まずい時間が訪れる。
「違う公園行く?」「どうする?」「鬼ごっこは?」「3人でかぁ」
空虚な会話を交わしながら、公園の中を意味もなくぐるぐる歩いた。どんよりと曇った3人の胸中を嘲笑うかのように、黄金色を帯びた西日がただただ美しかった。
「ここ降りてみる?」
ヤッチが指さしたのは、公園の東側にある急勾配の斜面。大人でも降りるのに骨が折れそうな傾斜で、子どもにとってはほとんど崖のようなものだった。今なら立入禁止の看板とロープが据え付けられるような場所かもしれないが、当時は昭和を引きずったままの平成元年。安全に対する意識も低かったのだろう。
「ヤバくない」「絶対危ない」「でも、あの枝とか使えるんじゃない」「ああ、あのでっぱりも良さそう」
普段つるんでいないからこそ、舐められたくないという意識が働いたのかもしれない。3人は斜面に生える細い枝やわずかに足をのせられそうな岩棚、汚らしい草といった頼りない自然を頼りに、慎重に一歩ずつ下へ降りて行った。
斜面の上からは鬱蒼と茂った草木が邪魔で見えなかったが、崖の底にはきれいな沢が流れていた。水は、まったく濁りがなく、沢底の砂利の一つひとつがはっきりと見えるくらい透明。3人はしばらく息を飲み、ほぼ同時に叫んだ。
「すっげー、こんなのあったんだ」「俺たちの大発見じゃん」「この水、飲めんじゃね」
心の距離が縮まるというのは、この瞬間のことだと今でも思う。僕らは水をかけ合ったり、意味もなく飛んだり、木の枝で沢底をかき回したりと大はしゃぎだった。その時、僕は目の端で何かが動く姿をとらえた。すぐに木の枝を手に、そのあたりをかき回すとザリガニが怯えるように小石の陰に隠れたのだ。
「このザリガニ、なんか赤くなくない?」「ちいちゃいし」「ニホンザリガニだ!」とクラマツは絶叫した。
美しい思い出の中の勘違いかもしれない。けれど、そのザリガニは、アメリカザリガニのような下品な赤ではなく、少し茶色がかった赤みを帯びていた。サイズは手のひらよりも小ぶりで、あまりトゲトゲしていなかったように見えた。あり得ないかもしれないが、ニホンザリガニの可能性を今でも否定できない。僕らの気分は、もはやニホンザリガニが棲む川を見つけ出した最初の発見者だった。
「虫かごとか、持ってきてないよね」「そんなの持ってない」「手で持って帰ったらヤバいかな」「死んじゃうよ」「どうにか連れて帰れないか」
一度帰宅するのがベストかもしれないが、太陽はすでに西の山へ沈み、あたりは暗くなっていた。
「明日、また準備してくればいいか」「あの崖、登んなきゃいけないし」「そうだね、明日にしよう」
そして、僕らは固く誓いあった。「この場所は絶対にヒミツ」と。
何とか崖を登りきり、少し帰宅が遅くなったことを咎められながらも、胸中は明日への期待で一杯だった。翌日、クラマツとヤッチとは教室で顔を合わせたが、特に親しく会話するワケでもなかった。ただ、彼らの目配せには「誰にも言ってないよな」という意味が込められていたように思う。帰りの会が終わった後、僕らは誰ともなく集まり、「帰ったらあそこな」と約束し、普段の仲良しグループごとに下校した。まるで何食わぬ顔で日常を過ごすスパイさながらだった。
帰宅後にランドセルを放り投げ、自転車を駆って「あの場所」へ急いだ。ところが、斜面の周りには子どもたちが大勢あふれ、誰もが崖の底を目指していた。先に着いていたクラマツとヤッチは、呆然と立ち尽くし、一瞬の後に僕のことを睨んだ。
「お前、誰かに言っただろ」「クラマツも俺もヒミツにしてたんだから、犯人はお前しかいない」
昨日芽生えた友情とは真反対の、鬼のように鋭い視線。僕は泣いた。ただただ泣いた。大粒の涙がいく筋も頬をつたわり、台風の雨みたいにアスファルトを打ち付けた。その涙は崖の底の沢よりも透明で、清く美しかったー
ワケはなく、実はコバジだけには言ったんだけど、こんなに広めるとは思わないだろ。あいつ、どんな拡散力してんだよ。
20人くらいいたぞ。
インフルエンサーかよ。
酒を飲んでいると、決まってこの美しい出来事を思い出す。
── 酒と恥は、記憶を曖昧にする。
再掲元:note「ザリガニの棲む川」
文:有限会社シーズ ライターU / イラスト:有限会社シーズ デザイナーH